必見!ヴェッキオ宮殿のキメラ

フィレンツェのキメラ

フィレンツェのキメラ

『キメラ』と呼ばれるブロンズ像をご存知だろうか?

『キメラ(キマイラ)』は、ヤギの頭がついたライオンの体に尻尾は蛇、口から火炎を吐くというギリシア神話の生き物で、ホメロス著の『イリアス』に最初に登場する。火を吹き悪さをしているキメラを、ポセイドンの息子ベレロポーンが翼を持つ馬ペガサスに乗り退治するという話である。

2017年4月27日までフィレンツェのヴェッキオ宮殿に飾られている『キメラ』は、1553年11月15日、アレッツォで城壁の堡塁を建設中に、偶然、発掘された。発掘当時のアレッツォはメディチ家のコジモ1世が支配するトスカーナ公国の一部だったので、発掘後、『キメラ』はすぐにヴェッキオ宮殿に運ばれた。そして、今、展示されている部屋、レオ10世の間に配された。この配置は、メディチ家が悪(=キメラ)を倒すというプロパガンダも含まれる。

今も『キメラ』はアレッツォのものであると主張するアレッツォ人がいるが、法律が変わった今の時代ならいざ知らず、自分の敷地で見つけたものを自分の家に持ってきたということなので、フィレンツェにあるのも当然なのだ。

足

『キメラ』は、何のために?


紀元前4〜5世紀にエトルリア人によって製作されたブロンズ像で、神への供物だろうということだ。というのも、右足に『tinscvil / Tiniaへの供物』と刻まれているから。Tiniaとは、ギリシア神話のゼウスに当たるエトルリア人に取っての主神である。


3つの動物を一つの体に併せ持つ。
ライオンは、力を表す。力があるということは熱分を発する。ゆえに、季節では夏。蛇は、大地、そして暗闇を表し、季節は冬。ヤギは、推移、変転を表すので、季節は春・秋。このように体で1年を表すことができる『キメラ』を神に捧げるということは、いつの時でも神の加護があるようにとの願いであろう。『キメラ』とは、ライオンが主体かと思いきや、また見た目はそうであるが、ギリシア語でヤギという意味。意外・・・。

レオ10世の間

『キメラ』をよく見ると、尻尾の蛇がヤギの角を噛んでいる。自分で自分の体を襲うという理にかなわない格好をしている。実は『キメラ』は尻尾が欠けた状態で発掘され、18世紀になって新たに尻尾が付けられた。その際、重いブロンズ製の尻尾を支えるためにヤギの角を使ったわけである。
『キメラ』とともに他にも色々と遺物の破片が見つかったようだが、尻尾はなかった。尻尾のオリジナルの形はどういう風だったのか、気になるところである。


『キメラ』と対でベレロポーンとペガサスの像もあったのではないか?と言われているが、残念ながらこれも見つかっていない。同じ場所を再び掘り起こせばもしかしたら見つかるかも知れないが、今となっては難しい話である。非常に残念なことだ。

キメラ正面

血を流し、咆哮をあげる瀕死のキメラは、見事な迫力である。

発掘後、コジモ1世が自らも修復に参加したという微笑ましいエピソードが残っている。素晴らしい作品だからというのもあるが、コジモ1世にとってこの『キメラ』はそれ以上のものであった。

コジモ1世はカステッロ城で静かに暮らしていたが、18歳でトスカーナ公としてフィレンツェの最高位に引っ張り出された。敵も多かったので、きっとがむしゃらで頑張ったに違いない。トスカーナを支配するために重要となるシエナ征服を目指しているところに、『キメラ』発掘である。『キメラ』はエトルリア人が生んだ最高傑作のひとつ。それを自分の領地で見つけたということは、コジモ1世がトスカーナ全域に広がったエトルリア人の土地を我が物にするという野望の前兆とみたのも頷ける。幸運のお守り、である。1559年にはシエナを完全支配下に置き、1569年にトスカーナは公国から大公国となった。


トスカーナの名前の由来となったエトルリア人が住んだ土地を征服した後に、コジモ1世が目指すのは『古代ローマ』である・・・。


4月27日まで、ヴェッキオ宮殿のレオ10世の間にて『キメラ』が展示されていますので、この機会にぜひ!
4月28日からは、いつもの展示場所、考古学博物館にあります。

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