岩に刺さった剣と屋根のない教会サンガルガーノ

糸杉の並木道の先にサン・ガルガーノ修道院が見えてくる。

サンガルガーノ正面

サン・ガルガーノ修道院は、1218年から1288年にシトー派によって建てられた。

サンガルガーノ絵

当時の様子はこの絵から伺われるように、それは大きくて立派なものであった。

黄金比

この教会の建設には、エジプトのピラミッドの建設にも見られる「聖なる幾何学(黄金比)」が用いられているそうだ。数学がまったく駄目な私は、何度説明を読んでもイマイチ理解できないが、比率を証明するためにいっぱい書かれた四角や三角、円を見ていると、均等になっているのが分かる。

建設されてから1世紀の間、シエナ地方の繁栄とともにこの一帯も栄えていたが、14世紀になり飢饉や黒死病で周辺の人々が離れていき、修道士たちもシエナの聖ガルガーノ邸へ移り住むようになる。1786年に雷が鐘楼に落ち、修道院の屋根を破壊した。修道院と言っても、1789年には建物は神聖さを失ってしまう。そして鉛が入った屋根は、人々の手でほかの用途のために持ちされていった。

屋根のない教会として知られるここは、当然ながら見事に屋根がなく・・・。
仰向けば青空が覗くという、とても不思議な空間である。

サンガルガーノ修道院

長さ71m、幅21m、左右8本ずつの柱に支えられた修道院は、ロマネスク様式にゴシック様式が融合した形で、下部と上部の装飾に違いが見られる。

窓

ほとんどが失われているが、いくつかの窓には窓枠の装飾が残っている。向こうに見える空の青さがまぶしい。

側廊

かつては側廊であった、行儀良く並ぶ太陽の光を浴びたアーチの美しさは見飽きることがない。

ガルガーノ内部

同年代に造られたシエナ大聖堂のような今もその美しさを十分発揮している建物も驚かずにはいられないが、無常な時の流れをより感ずるこの空間を目の前にすると言葉を無くす。教会の奥にはぽつんと石の机のようなものが置かれている。祭壇であったのだろう。

この廃墟の修道院で、現在、夏の夜にはクラッシックのコンサートやバレエが開催される。夏は夜遅くまで明るいイタリアだが、すばらしい音楽とともに日が暮れる様は幻想的であろう。

モンテシエペ

聖ガルガーノが隠遁生活を始めたシエピの丘は、修道院跡から少し離れたところに在る。
1148年、近くの村落キウスディーノで聖ガルガーノは生まれた。裕福な家庭で育ったガルガーノは、放蕩生活を送るが、大天使ミカエルのお告げで改心し俗世を捨てシエピの丘で隠遁生活を始め、キリストと同じく、33歳で生涯を終える。俗世では騎士であったガルガーノは、固い決心を示すために自分の剣を岩に刺し、十字架の代わりに祈りを捧げた。死後、4年後に聖人として列聖される。
この丘には、岩に刺さった剣を守るようにモンテ・シエピ礼拝堂が建つ。

キウズディーノ遠景

サン・ガルガーノ修道院を訪れたあとは、ガルガーノの生誕地キウスディーノへ向かう。

キウズディーノ街角

土地のおじいさん、おばあさんが、観光客にも「Buon Giorno」と挨拶してくれるようなほのぼのとした田舎町だ。迷路のような村には、聖ガルガーノの頭蓋骨が祭られている教会と、礼拝堂となった生家跡がある。

壁

レンズを向けずにはいられない昔ながらのイタリアが、今も残る街並みである。

トラットリア

お昼はこの村のトラットリアへ。飾りのない人柄の姉妹が働くトラットリアは、奥の一部は洞窟をそのまま利用している。

プリモ

アンティパストを食べ終え、パスタを待っていると・・・。なんと!熱々の鍋ごと、パスタ登場!なんだか友人の家にお邪魔した気分だ。

パスタピチ

ピチもフィットチーネも、シンプルでいい味がした。村もトラットリアも、フィレンツェのような都会では見られない、外国人ならば尚更見ることができなくなった暖かさを感じることができた。

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