コロナ1年後

コロナ1年後、イタリア人の想い。

ワイナリー

コロナで国内ロックダウンとなったのは2020年3月9日である。私が最後にお客様をワイナリーツアーにご案内したのが、3月7日。そろそろ1年が過ぎる。

イタリアで最初にコロナが発覚したのが1月30日で、中国人観光客からだった。2月17日にロンバルディア州在住のイタリア人が第一感染者となり、3月11日には欧州で最初のロックダウンを実施。昨年のイースターは自宅で静かに祝い、夏には多少の自由が利き、秋はほぼ通常に戻ったように思えたものの、例年よりは控えめのクリスマスとお正月を迎え、1月に第二波、そして現在は第三波に立ち向かっている。今年のイースターも昨年同様、静かなものとなるだろう。

先日の討論番組での劇作家ステファノ・マッシーニ氏の語りが、非常に心に残った。昨年の春から「Andrà tutto bene 上手くいくさ」という楽観主義な言葉が流行り、多くの家のバルコニーでこの言葉を書いた旗が掲げられた。この魔法のような言葉はコロナ禍に戸惑う私たちを勇気づけてくれた。

しかし、とマッシーニ氏は続ける。先に多くの人が信じた「Andrà tutto bene 上手くいくさ」という楽観主義は、1年経った今はもうゴミ箱に捨てられた、と。

楽観主義とそれを疑問視する話はヴォルテールの「カンディード」が執筆された18世紀から続くテーマだ。主人公の青年カンディードは師のパングロスから楽観的な最善説を教わる。それは人生を生き抜く内に裏切られ、また楽観しては不運が訪れ失望を繰り返す。「カンディード」の物語は、200年以上経た今もこの世を上手く写し出している。

オリーブ林

マッシーニ氏の所見を聞いて、そういえば今は誰も「上手くいくさ」なんて言葉は口にしないと気がついた。では何を言い合うかというと「Speriamo 上手くいけばいいね」という希望を込めた言葉である。「カンディード」でも疑われた楽観主義の次に何が来たかというと「希望」だった。しかし希望が叶っても「思ってたのとは違う」と失望する。人間とは!

楽観・不運を繰り返し、カンディードが最終的に辿り着いた心境は「世界は最善ではないけれど、最悪でもないよね。自分にできることは日常を大切にしてコツコツ働くってこと」である。

ワクチンという希望が訪れたが、対コロナ医療責任者のスキャンダルもあって期待とは裏腹に接種が遅れた。(とはいえ、現時点ではイタリアのワクチン接種率は欧州平均レベルではある)その上、政治危機が訪れて混乱を招いたが、スーパーマリオと期待される経済に強い人物が首相となり、不評な対コロナ医療責任者はクビとなって軍関連者が新たに責任者についた。変異種が猛威を振るうコロナの第三派で打撃を食らい苦しむイタリアではあるが、政変を経て政治の主要ポストには見るからに頼りになる顔ぶれが占めている。左派の党首が辞任したり、多くの市が新たなロックダウンになったりとまだまだ問題は山積みで、果たしてスーパーマリオは本当にスーパーか?と真偽が問われるのが、結果が出るのはもう少し先の話となる。

マーガレット

大きな悲しみと小さな喜びで、1年が過ぎた。状況は1年前とあまり変わらないし、良い方向へと劇的に軌道変更するにはまだ時間を要する。結局は、物語の最後にカンディードに残された現実のように、自分の畑を地道に耕すしかない。そしてカンディードが示唆する通り退屈、堕落、貧困というのは不幸の元凶であるから、決してそれらに落ちていかぬように前進するしかないのだ。

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