岩壁の町オルヴィエートとチヴィタ・ディ・バーニョレジオツアー

ローマとフィレンツェの中間に位置する、岩壁の上に建てられた町オルヴィエートと、ラッツィオ州にある死にゆく町チヴィタ・ディ・バーニョレジオを訪問します。

ツアーはまずチヴィタ・ディ・バーニョレジオへ向かいます。この町の名前の由来は「バーニョ・デル・レ=王のお風呂」といわれ、伝説によるとここで湧き出る温泉がロンゴバルディの王の傷を癒したということです。 天空に浮かんだような町は、岩棚にそびえたっています。町を支える岩棚は、火山灰などが堆積したこの地方特有の凝灰岩でできていて、年月とともに風雨で風化が進み、奇跡が起こらない限り、いつの日か崩れ去ってしまう運命です。チヴィタ出身の随筆家であるブォナヴェントゥラ・テッキは、この町を“la città che muore”(死にゆく町)と表現しました。

300メートルの長い橋を歩いて渡り、唯一残された門ポルタ デル カッセッロ(天守の門)をくぐり、町に入ります。今ではほんの数世帯が住んでいるだけですが、荒廃した様子はなく、黄金色が美しい凝灰岩作りの家々には花が飾られ、希有な運命が待ち受けているとはとても思えません。美しく維持・修復された町並みをあるいていると中世へタイムスリップしたかのようです。一方、町の反対側では、イタリア語でカランキ(バッドランドと訳される)と呼ばれる風景を臨むことができます。断層による岩石の粉砕と、地表の風化・浸食作用で作り上げられた、まるで月世界のような風景です。

チヴィタ・ディ・バーニョレジオで昼食を済ませ、一路オルヴィエートへ向かいます。車で約30分の道中、車窓にはウンブリアの緑の大地が広がります。

→ 昼食についてはこちらのページをご覧下さい。

オルヴィエートもまた、凝灰岩の岩棚にそびえたつ中世の趣を残した町です。エトルリア人を起源とする町は、13世紀から17世紀にかけて建設されたゴシック様式のファザードが美しいドォウモを中心に、中世の数々の教会、館をはじめ、洞窟、井戸など見どころがたくさんです。

特に1527年から10年かけて造られた聖パトリッツォの井戸は、とても興味深いものがあります。1527年に起こったサッコ・ディ・ローマと呼ばれる神聖ローマ帝国軍によるローマ略奪で、ローマ法王クレメンテ7世がオルヴィエートに逃げてきました。敵が町を包囲・攻略したときの水源対策として、法王の命により聖パトリッツォの井戸が造られたのです。深さ約62メートル、直径13メートル、内部には約70の窓があり、二重螺旋構造のため、井戸を上る人と下りる人がかち合わないようスムーズに水を運ぶことができる仕組みになっています。248段の階段を下へ下へと降りていくのは、まるで暗闇の未知の世界へと足を踏み入れていくよう。しかし最後に、水源=生命の泉に出会うという、精神的な世界を旅するようでもあります。

もうひとつの井戸、il pozzo della Cavaカーヴァの井戸も見所です。1999年に発見されたカーヴァの井戸は、エトルリア時代のものと言われ、法王クレメンテ7世の命により拡大されました。深さ36mの井戸は、深さ30メートルの地点で、60cm×80cm大の長方形の通路が続き、その先は洞窟となっています。洞窟には、中世の時代の貯蔵庫とオーク樽作りの部屋や陶器工房後を見ることが出来ます。

美しい町の至るところに見られる楽しい木製のオブジェは、工房ミケランジェリの作品です。この工房は5世代に渡り、木材を使用した家具や置物を加工しています。工房のある通りも、ミケランジェリ通りと呼ばれています。

→ 町の地図

以上の全行程に日本人ツアーコンダクターが同行し、皆さまをご案内いたします。

フィレンツェ出発時間8時30分、到着時間19時00分を予定しております。
ただし、交通渋滞の都合で、多少のずれが生じることがあります。
ご宿泊ホテル、またはご希望の場所に送迎致します。
送迎先が、フィレンツェ市以外の場合は追加料金が生じる場合があります。

ライン

 料 金(税込み)
人数 料金(1名様)
1名様 280ユーロ
2名様 200ユーロ
3名様 170ユーロ
4名様 130ユーロ
→ 今日の為替レート
上記の料金は、
  • 運転手付き車代、昼食代、日本人ツアーコンダクター料が含まれます。
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