聖フランチェスコの生誕の地アッシジ

アッシジ遠景

フィレンツェを出発し、車で約2時間、スバジオ山中腹にあるアッシジへ到着します。町中へ入る前に、 まずはアッシジの全景を写真に収めます。目前に広がるスポレート平原の先に、美しい町の姿が横たわります。 標高約400mに建つアッシジの歴史は古く、紀元前にさかのぼります。紀元前399年に古代ローマの自治都市になり、「アシシウム」と呼ばれていました。 中世には自治を保った時期もありましたが、アッシジの町も、この時代のほかの町同様に神聖ローマ帝国派とローマ法王派の権力争いが耐えませんでした。

そんな最中、1182年にイタリアの守護聖人フランチェスコが生まれました。アッシジの裕福な織物商人ピエトロ・ベルナルドーネとフランス人の母親ピカの長男として生まれ、友達、賭事、娘たちと、若さを謳歌し何不自由ない生活を送っていたフランチェスコは、騎士を夢見てペルージャとの戦いに参戦したのが20歳のときでした。負傷し、捕虜として牢獄で過ごしました。1年後ようやく、父親の保釈金で釈放されたフランチェスコは、病の傍ら神について考え込むようになりました。ある日、十字架が印された武具が置かれた宮殿の夢を見ます。それを「十字軍に参加せよ」というお告げと解釈し、十字軍に参加するために剣を取りプーリア州へ旅立ちます。しかし、途中、再び病で倒れます。そしてまた、「アッシジへ帰りなさい。そこですべきことをなさい」という神の声を聞くのです。アッシジに帰ったフランチェスコは、町外れの洞窟や教会で祈りました。壊れかけた聖ダミアーノ教会で、祭壇にかけられた磔刑像に祈りを奉げていたときに聞いた神の声「行って私の家を直しなさい」に従い、父親の財産を売り払い教会を建て直そうとします。しかし、教会の司教はそのお金を受け取りませんでした。財産を売り払われ怒った父親は司教館へフランチェスコを連れて行き訴えますが、フランチェスコは自分の衣服を脱ぎ捨て財産放棄をし、父子の縁を断って世を捨てます。フランチェスコは修道士として、いくつかの教会を修復し、当時人々が忌み嫌った「ハンセン病」を患っている人々に手を差し伸べたり、愛と優しさに満ち溢れた生活を始めます。「清貧」「従順」「貞潔」を信条に、兄弟と呼ばれる弟子たちとともに「小さき兄弟の会」という修道会を設立しました。弟子たちとともに各地を放浪し、説教を続け、1226年10月3日に神のもとへ召されたのです。

アッシジのパノラマ2

聖フランチェスコの生涯をたどりながら、中世の佇まいが色濃く残るアッシジの町中へ入って行きましょう。スバシオ山で採掘された石で造られた町は、ほんのりと薔薇色で町全体が優しい雰囲気に包まれます。聖フランチェスコ聖堂と聖キアラ聖堂を結ぶメインストリートから伸びる裏路地もとても趣きがあります。坂が多い町ですが、路地を上に下にと行くと、思わず、詩情あふれる風景に出会えます。

アッシジ噴水アッシジお店アッシジ民家

聖フランチェスコ街角展望

聖フランチェスコ聖堂 Basilica di San Francesco

フランチェスコの没後わずか2年の1228年、グレゴリオ9世により聖堂の建設が始まりました。下堂と上堂の2重構造になっており、ロマネスク様式の下堂は1228年から1230年に、ゴチック様式の上堂は1230年から1253年に一応の完成をみました。下堂の地下には、フランチェスコの遺骨が安置されています。
下堂には、チマブエによる「玉座の聖母と4人に天使と聖フランチェスコ」、ピエトロ・ロレンツェッティによる「夕日の聖母」ほか、ジョット、シモーネ・マルティーニなどの画家のフレスコ画が美しく堂内を飾っています。上堂は、「聖フランチェスコの生涯」を書いた28枚のフレスコ画があります。

開館時間下堂 イースターから11月  11月からイースター
平日 06:30-18:50 06:30-18:00
日曜・祝日 06:30-19:15 06:30-18:00
開館時間上堂 イースターから11月  11月からイースター
平日 08:30-18:50 08:30-18:00
日曜・祝日 08:30-19:15 08:30-18:00

聖フランチェスコ聖堂聖フランチェスコ聖堂

聖キアラ聖堂 Basilica di Santa Chiara

フランチェスコから「兄弟フランチェスコの植えた草花」と呼ばれたキアラは、1193年アッシジの裕福な家庭に生まれました。1212年、18歳のとき、父親の反対を押し切って、フランチェスコの最初の弟子となりました。フランチェスコから与えられた聖ダミアーノ教会で、女子修道会とともに清貧の精神を貫きました。享年、1253年。1257年、聖フランチェスコ聖堂と対をなすような形で、聖キアラ聖堂の建設が始まりました。聖堂内には、フランチェスコが、壊れかけたサン・ダミアーノ教会で神の声を聞いた十字架の現物があります。地下聖堂には、キアラとフランチェスコの僧衣などの聖遺物と、キアラの遺体が安置されています。遺体はミイラ化していますが、腐敗せずに保存されています。

開館時間 3月最終日曜日−10月最終土曜日 10月最終日曜日−3月最終土曜日
  06:30-12:00, 14:00-19:00 06:30-12:00, 14:00-18:00

サンタキアラ聖堂サンタ・キアラ聖堂

聖ルフィーノ教会 Cattedrale di San Rufino

アッシジの守護聖人ルフィーノを祭る町の大聖堂です。ここで、フランチェスコとキアラが洗礼を受けました。教会を入って右手に、二人が洗礼を受けた桶があります。
また、教会外、左側はキアラの生家があった場所でした。そこには小さな祈祷書があり、お祈りを書いて投函できます。

開館時間 3月最終日曜日−10月最終土曜日 10月最終日曜日−3月最終土曜日 聖週間
  08:300-12:00, 14:30-18:00

06:30-12:00, 14:30-19:00

07:00-19:00

聖ルフィーノ聖ルフィーノ

ヌォーヴァ教会 Chiesa Nuova

フランチェスコの生家があった場所に、1610年に建てられた教会です。教会内、左手にある扉をくぐると、フランチェスコが信仰の道に入ることに大反対した父親がフランチェスコを鎖に繋ぎ閉じ込めた部屋や、フランチェスコが最後に家を出た戸などを見ることができます。教会前には、母親ピカと父親ピエトロの銅像が置かれています。

開館時間 3月最終日曜日−10月最終土曜日 10月最終日曜日−3月最終土曜日 日曜日
  06:45-19:00 06:45-18:00 07:45−

ヌオーヴァ教会生家

小さき聖フランチェスコ祈祷所 L'oratorio di San Francesco Piccolino
フランチェスコの生家の近くに、小さな礼拝堂があります。ここはかつてフランチェスコの実家が所有していた馬小屋でした。伝説によると、母親ピカは“不思議な”巡礼者に導かれ、この馬小屋でフランチェスコを出産したと言われています。伝説は定かではありませんが、ここは聖なる場所として保存され、祈祷所となりました。

祈祷所祈祷所内

聖マリア・マッジョーレ教会 Chiesa di Santa Maria Maggiore

古くは古代ローマ人がヤヌスの神を祭るために建てた神殿の上に、4世紀に教会が建設されたと言われています。現在の教会は12世紀のものです。教会横に司祭館があり、そこでフランチェスコが遺産相続権を放棄し、着ている服も脱いで父親 に返し、天を仰いで言います。 「ベルナルドーネ(父親)がわたしを勘当しました。 私は、 今こそ、心より、“天にまします父よ”と、呼ぶことができます」。
映画「ブラザーサン・シスタームーン」でも、この教会と教会前広場は、フランチェスコが世俗からの離脱したシーンの舞台として使われています。

開館時間 イースターから11月  11月からイースター
 

08:30-19:00

 08:30-17:00

教会

ミネルバ神殿(聖マリア ソプラ ミネルヴァ教会)Tempio di Minerva(Chiesa di Santa Maria Sopra Minerva)

古代ローマ時代の紀元前1世紀に建設されたローマの女神ミネルヴァを祭る神殿です。6本のコリント式の石柱を残し、1539年、内部に教会が建てられ、17世紀の改修後はバロック様式の教会となっています。聖フランチェスコ聖堂上堂のジョットによる28枚のフレスコ画の1枚目に、アッシジの町を行く聖フランチェスコが描かれていますが、背後にミネルヴァ神殿が見えます。イタリアを旅したゲーテはフランチェスコ聖堂よりも、このミネルヴァ神殿を好みました。


ミネルバ

ロッカの城砦 Rocca Maggiore

アッシジの町の一番高い場所にそびえるのが、12世紀前半に建てられたロッカの城砦です。ウンブリアの広大な緑の台地が目前に広がります。アッシジの町も一望でき、ここからの各教会の眺めも格別です。

開館時間 9月-5月 6月、7月、8月
イースターから11月  10:00-夕暮れ  09:00-夕暮れ
開館日 1月1日、12月25日  

入場料:2ユーロ(割引 1.5ユーロ)

城塞城塞2

アッシジの町の郊外には、聖フランチェスコゆかりの場所が幾つかあります。

カルチェリの庵 Eremo delle Carceri

カルチェリの庵は、アッシジの町から4qほど離れた、スバシオ山中、標高約800mにある修道僧のための庵です。ここは、フランチェスコと、弟子たちが瞑想のために過ごした洞窟があります。樫の木に囲まれた森の中にひっそりと建つ修道院は、まさに聖域の名に相応しい静けさがあります。

開館時間 イースターから11月 11月からイースター
  06:30-19:15  06:30-夕暮れ
  06:30-18:00 06:30-18:00

カルチェリの庵カルチェリ

聖ダミアーノ教会 Santuario di San Damiano

フランチェスコが壊れかけた教会の十字架の前で祈っていると「崩れかけた私の家を直しなさい」という神の言葉を3度聞き、ここからフランチェスコの信仰への道が始まりました。
また、信仰生活に入ったキアラに与えられた教会で、生涯の約40年を過ごし、亡くなった場所でもあります。また、眼病が悪化したフランチェスコは教会の司教館でキアラに看護を受けます。このとき、神への感謝と賛美である「太陽の讃歌」を作りました。

「神よ、造られたすべてのものによって、私はあなたを賛美します。
私たちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。
太陽は光をもって私たちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。
私たちの姉妹、月と星によってあなたを賛美します。
月と星はあなたのけだかさを受けています。」
(太陽の賛歌 一部)

開館時間 3月最終日曜日−10月最終土曜日 10月最終日曜日−3月最終土曜日
  10:00-12:00, 14:00-18:00 10:00-12:00, 14:00-16:30

聖ダミアーノ聖ダミアーノ

リヴォトルト教会 La chiesa di San Rufino

リヴォトルト教会は、1208年から1211年にフランチェスコが仲間たちと生活していた「聖なるあばら家」を保護するために造られました。教会内には、「聖なるあばら家」が復元されおり、当時の様子を知ることができます。「聖なるあばら家」は、仲間たちとともに最初の歩みを始めた場所であり、ローマ法王から会則の承認を得て、最初の活動の拠点とした場所です。

開館時間 平日 日曜・祝日
  06:45-12:15, 14:30-19:15 07:00-12:15, 14:30-19:15

リヴォトルト外観リヴォトルト内部

サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会 (ポルツィウンコラ) Basilica di Santa Maria degli Angeli (Porziuncola)

サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会は、「ポルツィウンコラ礼拝堂」を守るために建てられました。クーポラは18世紀のものです。教会は19世紀の地震で被害がひどく、修復されました。
フランチェスコは、ポルツィウンコラ礼拝堂で行われたミサで、「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋も、パンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。」という福音書を聞き、これを啓示として受け止め、修道士の服を脱いで説教を始めたのです。
フランチェスコが、1211年頃、最初に与えられた聖堂です。そして、フランチェスコは、ポルツィウンコラ礼拝堂の後方にて、1226年10月3日の夕暮れに帰天しました。その場所に今はトランジト礼拝堂が建っています。
教会の左側の扉を出ると、棘のない薔薇園への通路があります。

開館時間 3月最終日曜日−
10月最終土曜日
10月最終日曜日−
3月最終土曜日
7月、8月、9月
  06:15-19:45 06:15-12:30, 14:00-19:45 06:15-19:45, 21:00-23:00

サンタマリアデッリアンジェリサンタマリアデッリアンジェリ内部

アッシジのお土産

町で見かけるお土産は、主に聖フランチェスコに関するものやキリスト教関係のものが多いですが、アッシジと言えば女子修道会にて生まれたという伝統的なアッシジ刺繍があります。Punto Assisiと呼ばれ、聖キアラの時代からその伝統は続いています。刺繍のモチーフは、魚、鳥、ライオン、孔雀、鹿などが一般的です。写真の刺繍のお店の商品は、聖フランチェスコ聖堂の装飾からモチーフを得て、自然から採取した色を使って糸を染めていますので、とても優しい色合いです。アッシジはオリーブの産地でもありますので、オリーブの木で作ったまな板などの作品も見つかります。

お菓子1お菓子2アッシジ刺繍

お菓子1お菓子2アッシジ刺繍

 

アッシジのお菓子

アッシジのお菓子に、ロッチャータ・ディ・アッシジやトツェッティが有名です。ロッチャータは、ストルデルに似たお菓子で生地がさらに重みがあります。トツェッティは、アーモンドが入ったビスコッティです。

お菓子1お菓子1お菓子2

アッシジの食事

ウンブリアは、サラミ、ハムの生産、トリュフ、オリーブオイルで有名です。プリモにはぜひ、ウンブリア州のパスタ・ストランゴッツィStrangozziという、卵を使わないコシのあるパスタをお試しください。ストランゴッツィとは、「のどに詰まる」という意味ですが、なぜ「のどに詰まるパスタ」なのでしょう?いろいろな言い伝えがありますが、その中の一つをご紹介致します。その昔、農民にとって卵は高価なものだったため、卵を入れないパスタを食べていました。反面、司祭はいつもおいしいものばかり食べており、パスタも当然ながら卵入りのものでした。たまに、司祭が農民の家の食事に招かれたとき、卵なしのパスタが供されると、慣れないために「のどを詰まらせながら」食べたと言われます。昔は「貧民のパスタ」でしたが、今ではこの地方特産品です。

アンティパストプリモ店内

フィレンツェからアッシジへの行き方

イタリア国鉄(乗り換えなしの電車の場合/2016年12月現在)
フィレンツェ・サンタマリアノヴェッラ駅発08時02分、アッシジ駅着10時49分着(片道15,56ユーロ)
駅から聖フランチェスコ大聖堂まで、約3,5キロの距離があります。徒歩、タクシー、またはバスC番で8つ目の停留所となります。
アッシジ駅発17時21分、フィレンツェ・サンタマリアノヴェッラ駅19時54分着
または
アッシジ駅発19時17分、フィレンツェ・サンタマリアノヴェッラ駅着21時48分
※フィレンツェから電車で約2時間30分、ローマから電車で約2時間です。

フィレンツェ発着アッシジツアー

・アッシジの町とフランチェスコゆかりの地ツアー
・アッシジとペルージツアー
くつろぎのメルセデスベンツで、イタリア政府公認ツアーガイドが1日1組様を丁寧にご案内致します。

旅を終えると、キリスト教の信者でなくとも、心が洗われ背筋がピシッと伸びるような気がするのが不思議です。 聖フランチェスコの足跡を辿り思うのは、彼は、気取りがなく、素朴な、大変わかりやすい聖人だということです。そこが、イタリアで最も愛される聖人たる所以なのでしょう。

 

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